いろいろと記憶が怪しくなりつつあるので、今のうちに書いておきます。
要は、個人的な雑記というか備忘録。
サーチャーという職業があることを知ったのは、大学生のころだったか、社会人
になってすぐぐらいだったか。ただ、最初は、データベースを検索する仕事だ、
ということくらいしかわかりませんでした。
データベースというものの存在は、高校生のころから知ってはいました。
8ビットパソコンのBASICの時代ですが、企業が顧客管理データベースを構築する
というような話をパソコン雑誌で読んだりしていたのです。また、カード型とか
リレーショナル型といったデータベースソフトも、初期の16ビットパソコンでも
発売されていました。でも、パブリックなデータベースとして当時の書籍などで
紹介されているものは、国内では、特許のデータベースと、国会図書館あたりの
蔵書のデータベースぐらいしかなかったと思います。
その当時、情報を探す仕事といえば、レファレンス業務を担当している図書館の
司書が筆頭。実際、サーチャーを紹介している記事を最初に読んだ際にも、この
仕事には司書の資格を持っていると役に立つ、というような感じで書かれていた
記憶があります。
で、まぁ、当時の知識では、データベースというものに対する理解が少なかった
せいもあって、面白そうだけど難しそう、というものでした。何せ、検索を行う
際のインターフェースも知らなかったわけだし。だからこそ、そういう特殊技能
を持った職業が成り立つのだと思ったわけです。
社会人になってパソコンを買い、ニフティに加入して知ったのが、ニフティ経由
で新聞記事のデータベースにアクセスできる、ということ。へぇ、そういうのが
あるんだ。ただ、当時は、自分には縁遠い世界だと思っていました。
が、社会人3年目ぐらいのとき。
会社の研修で、いろいろなデータを集めてレポートを作る羽目になりました。
そこで初めて、ニフティ経由で新聞記事データベースにアクセスしてみました。
なるほど、こういうものなのか。
当時を覚えている方もいるかもしれませんが、今から考えるとインターフェース
は貧弱ですし、新聞社によっては全文検索できずタグ付けされている用語でしか
検索できなかったりと、面倒なことは多かったですね。
また、新聞記事以外にも各種のデータベースにニフティ経由でアクセスできると
知りました。が、そもそも検索に対するニーズが自分の中で顕在化していません
でした。
ここまでが90年代中ごろまでの話。
こうして、だんだん自分の中での検索のニーズが確立してきました。
つまり、欲しかったのは全文検索。とはいえ、全文検索できるほどの元データに、
このころはそもそもアクセスできませんでした。
そして、それなりに量のある全文データとしてアクセスできるようになった最初
のものが、ニフティの過去ログ。これは手元にあるテキストです。
テキストの検索といえばgrep。grepそのものは以前から知ってはいたというか、
下手したらDOS付属のfindよりも使っていたかもしれませんが、これが真価を発揮
するような使い方ができたのって、ニフティの過去ログが初めてでしょう。
90年代後半、インターネットブームが来ると当然、ネットでいろいろなものを
探したくなります。が、最初のころは検索サイトはディレクトリ型だけ。これは
カテゴリで分けられているもので、文字列で検索しても、サイトのタイトルとか
簡単な紹介文とか、サイトの側でつけたタグのようなものを検索するだけ。でも、
探せるだけましではありましたけどね。
その後、全文検索をはじめる事業者が出てきました。国内ではディレクトリ型の
大手だったyahooも始めたし、あとはgooなんかもありました。海外の事業者でも
日本のサイトを検索できましたが、やはり日本のWEB検索では国内の事業者の
ほうが精度よく見つかりました。
そんな中、登場したのがgoogle。
今調べたら、検索サービス開始は97年、会社設立は98年とありますね。
98年当時はもう、高精度検索として有名になっていました。
私が知ったのも98年ごろ。アメリカで大人気、ということで知りました。
だけど、この当時はまだ日本語のサービスも始まっていなかったし、アメリカの
会社だからどうせ日本語のサイトなんかあんまり見つからんだろうと思っていた
のですが、試しにアクセスしてみたところ、日本のサイトが日本語でざくざくと
見つかる。もうね、一発で乗り換えました。
結局、職業としてのサーチャーになるのは無理だけど、私、検索大好きなんだな。
あれだ、本を読むのが好きな人が手当たり次第に読むのと同じような感じかも。
これからも、いろいろと検索しまくることでしょう。
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